歴代国際連合事務総長・副事務総長の一覧

List of Secretary-General and Deputy Secretary-General of the United Nations

2016年7月29日作成 / 最終更新日 2017年1月26日 参考外部リンク

国際連合本部

世界全体を統治する仮想的な組織・「世界政府」に最も近い組織である、国際連合(略称:国連・1945年10月24日発足)の事実上のトップである「国際連合事務総長」の一覧(敬称略)。2017年1月8日に事務総長の代理職として設置された「国際連合副事務総長」の一覧(敬称略)を追加。

国際連合事務総長
名前 英語表記 性別 任期開始 任期終了 在位年数 生年 没年 任期開始
時の年齢
任期終了
時の年齢
没年齢 注釈
- グラッドウィン・ジェブ Gladwyn Jebb 男性 1945.10.24 1946.2.1 0.27 1900.4.25 1996.10.24 45.50 45.77 96.50 事務総長代行
1 トリグブ・リー Trygve Lie 男性 1946.2.2 1952.11.10 6.77 1896.7.16 1968.12.30 49.55 56.32 72.45 初代国連事務総長
2 ダグ・ハマーショルド Dag Hammarskjold 男性 1953.4.10 1961.9.18 8.44 1905.7.29 1961.9.18 47.69 56.13 56.13 在任中に飛行機事故で死去
(暗殺説がある)
最年少で死去した事務総長
- ウ・タント U Thant 男性 1961.11.30 1961.12.31 0.08 1909.1.22 1974.11.25 52.85 52.93 65.84 事務総長代行
3 ウ・タント U Thant 男性 1962.1.1 1971.12.31 10.00 1909.1.22 1974.11.25 52.93 62.93 65.84
4 クルト・ヴァルトハイム Kurt Waldheim 男性 1972.1.1 1981.12.31 10.00 1918.12.21 2007.6.14 53.03 63.03 89.47 のちにオーストリア大統領
5 ハビエル・ペレス・
デ・クエヤル
Javier Perez
de Cuellar
男性 1982.1.1 1991.12.31 10.00 1920.1.19 存命中 61.95 71.95 のちにペルー首相
最高齢の事務総長
6 ブトロス・ブトロス=
ガリ
Boutros Boutros-
Ghali
男性 1992.1.1 1996.12.31 5.00 1922.11.14 2016.2.16 69.13 74.13 93.25
7 コフィー・アナン Kofi Annan 男性 1997.1.1 2006.12.31 10.00 1938.4.1 存命中 58.75 68.75
8 潘基文 Ban Ki-moon 男性 2007.1.1 2016.12.31 10.00 1944.6.13 存命中 62.55 72.55
9 アントニオ・グテーレス Antonio Guterres 男性 2017.1.1 (現職) 1949.4.30 存命中 67.67 元ポルトガル首相
「アントニオ・グレーテス」と
表記されることもある

国際連合副事務総長
名前 英語表記 性別 任期開始 任期終了 在位年数 生年 没年 任期開始
時の年齢
任期終了
時の年齢
没年齢 注釈
1 ルイーズ・フレチェット Louise Frechette 女性 1998.4.1 2006.4.1 8.00 1946.7.16 存命中 51.70 59.70 初代国連副事務総長
2 マーク・マロック・
ブラウン
Mark Malloch
Brown
男性 2006.4.1 2006.12.31 0.75 1953.9.16 存命中 52.53 53.28
3 アシャ=ローズ・
ミギロ
Asha-Rose
Migiro
女性 2007.2.5 2012.7.1 4.90 1956.7.9 存命中 51.57 56.47 最年少で就任した副事務総長
4 ヤン・エリアソン Jan Eliasson 男性 2012.7.1 2016.12.31 4.50 1940.9.17 存命中 72.78 77.28 最高齢の副事務総長
最高齢で就任した副事務総長
5 アミナ・モハメド Amina Mohammed 女性 2017.1.1 (現職) 1961.6.27 存命中 56.51


●国連事務総長は「世界で最も不可能な仕事」

国連の事務総長は、世界で最も難易度の高い仕事と言われている。国連事務総長になること自体、極めて困難である上(これまで事務総長に上り詰めたのはたった9人のみ)、国連事務総長の一日の仕事量が常人の想像を絶する量であるからだ。

初代国連事務総長のトリグブ・リーが、次代のダグ・ハマーショルドが事務総長を務めることになったときに彼に対して「今からあなたが引き受けるのは、世界で最も不可能な仕事だ」と言ったという話は、国連をよく知る者にとって有名な話となっている。リーの激務ぶりは、中学校の「現代社会」の資料集(第一学習社)に詳細に掲載されている。

国連事務総長が世界で最も難易度の高い仕事であることは、トリグブ・リーの時代から70年経った今も変わっていない。8代目の潘基文は、1日の睡眠時間はたった80分しかとらず、着替えの手間を省くためスーツのままで寝、それ以外の22時間は執務に充てているという。いわゆる「ショートスリーパー」なのかもしれないが、それでもいくらなんでも過労死するのではないかと心配になる。その国連事務総長を5年あるいは10年もの間務めるのだから、これまで事務総長を務めた9人は、本当に尊敬に値すると思う。


●ダグ・ハマーショルドは国連のジョン・F・ケネディか

第2代のダグ・ハマーショルドは、アメリカ合衆国大統領だったジョン・F・ケネディとの共通点が多い。ハマーショルドは在任中に亡くなった(航空機事故で亡くなっているが、事故死ではなく暗殺だった可能性が高いと言われている。この記事も参照。)点や国連事務総長に最年少で就任した点、歴代事務総長の中でもとりわけ有能だったと評価されている点、死去したのが1960年代の前半という点で、ケネディのアメリカ大統領に最年少で就任(注:実際にはセオドア・ルーズベルトのほうが僅差で年下であり、ケネディはルーズベルトに次ぐ2番目である。しかしながらルーズベルトは副大統領からの昇格であり、選挙で選出されたアメリカ大統領としてはケネディが最年少となる。)した点や1963年に暗殺された点、歴代アメリカ大統領の中でもとりわけ人気の高いという点と偶然にも一致している。


●ブトロス・ブトロス=ガリの任期が1期目で終わった理由

第2代のダグ・ハマーショルド以降、第6代のブトロス・ブトロス=ガリを除く全員が、事務総長を10年(2期連続)務めており、これが事務総長の伝統となっている。ハマーショルドも、飛行機事故(暗殺?)で亡くなってさえなければ、おそらく10年間務めていただろう。ガリは1996年、アメリカの拒否権発動によりこの伝統に反し1期目で退任、コフィー・アナンに事務総長の座を明け渡している。

なぜ、アメリカはガリの事務総長再選に反対したのだろうか。理由として、国連の権限の強化を出張したガリが事務総長として再選されることはアメリカにとって都合が悪いため、「国連の行財政改革に不熱心」という理由で反対したという考えが一般的だが、(あくまで管理人の憶測ですが)年齢も理由のひとつだったのかもしれない。

ガリは69歳という前代未聞の高齢で事務総長に就任しており、1期目が終わる1996年にはもう74歳になっていた。もしガリが2期目も務めることになるならば、それはガリが79歳になる2001年まで事務総長を務めることを意味していた。アメリカは、世界で最も難易度の高い仕事を79歳という高齢でこなすのは無理があるのではないかと思料し、それがアメリカがガリの再選に対して拒否権を発動した理由のひとつになったのかもしれない。

しかしながら、アメリカが拒否権を発動した理由として年齢を挙げなかったため、この憶測が正しい確率は低いだろう。ともあれ79歳(これまでの日本の総理大臣の中で就任時の年齢が最高齢だった鈴木貫太郎の就任時の年齢(77歳)および退任時の年齢が最高齢だった大隈重信の退任時の年齢(78歳)よりも高齢)という高齢で、国連のトップの仕事をこなすのは無理があるのでないかと考えるのは致し方ないことだと思われる上、もしガリが79歳までこの「世界で最も不可能」と言われる仕事を2期目も務めていたのならば、高齢のガリの健康に悪影響を及ぼしていたかもしれず、事務総長の健康状態が悪化した結果、国連の機能低下にもつながっていたと考えることもできる。そのため、ガリの再選を拒否したアメリカの判断は正しかったのかもしれない(分からないけれど)


●アントニオ・グテーレス事務総長

2016年10月6日、潘事務総長の次の事務総長として、ポルトガルの元首相で、首相辞任後、国連難民高等弁務官を10年間にわたって務めたアントニオ・グテーレス氏が就任することが明らかになった(参考:CNNニュースの記事)。2017年1月1日から事務総長の任期が始まり、「世界で最も不可能な仕事」を5年後の2021年または10年後の2026年まで務める。グテーレス氏は就任時既に67歳で、仮に、過去の多くの国連事務総長と同様に2期10年間務め上げたとすると、退任時は77歳となり、退任時の最高齢記録を3歳更新する。

国連ではかねてから女性初の事務総長を推す声が強く、ブルガリアのイリナ・ボコヴァ氏や、ニュージーランドのヘレン・クラーク氏が有力候補と報道されていたが、グテーレス氏が下馬評をくつがえして就任したかたちとなる。

なお、グテーレス氏は一国の首相を務めた後に国連の事務総長に就任した初の人物である(クルト・ヴァルトハイムは事務総長退任後にオーストリアの大統領に、ハビエル・ペレス・デ・クエヤルは事務総長退任後にペルーの首相に選出されている。オーストリアの大統領は同国の国家元首であり、ヴァルトハイムは国連の事務総長と一国の国家元首の両方を務めた史上唯一の人物である。ペルーの場合は大統領が国家元首のため、首相は国家元首ではない。グレーテス氏の出身したポルトガルもまた、大統領が国家元首のため、首相は国家元首ではないのだが、ポルトガルの大統領はドイツやイタリアの大統領と同じように名誉職的な地位にあるため、実質的な最高権力者は首相となっている。)。


●国連事務総長は小国出身者でしかなれないのか

国連事務総長は、安全保障理事会の常任理事国やG8に入るような大国の出身者は、発足直後に2ヶ月間事務総長代行を務めたイギリス出身のグラッドウィン・ジェブを除き、存在していない。このことから、安全保障理事会の常任理事国やG8に入るような大国からの出身者は、事実上国連事務総長の選任プロセスから除外されていることがうかがえる。潘基文の出身国は、G20に所属していたことから、G8ではなく、G20ならば選任プロセスから除外されていないと考えられる。

しかし、このような選任プロセスは、本当に正しいのだろうか?。

「大国出身者を事務総長のポストに就けると、国連が大国の影響下に置かれ、中立性を損ないかねない」ことが、上記の主な理由とされている。このため、安全保障理事会の常任理事国またはG8に属する、約20億人あまりの人々は、国連事務総長になれないということになる。しかし、たとえ大国の出身者だとしても、優れた調整能力をもち、大国の意向を優先させないような人物でなら、良いのではないかと思う。本人の能力ではなく、出身国で事務総長を選ぶのは、明らかに誤っている。

副事務総長のポストは、カナダ及びイギリスの出身者がいることから、大国出身者でも就任可能となっていることがうかがえる。

元国連副事務総長が国連事務総長に就任した例はこれまでのところ無いが、副事務総長経験者は事務総長にはなれないという方針があるのかは不明。




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